本校創立の経緯

~本校の出発点~

国立玉浦療養所正門  本校が誕生した玉浦療養所は、もともとカリエス(骨関節結核)患者の専門療養所で、宮城県岩沼町(現在の岩沼市)にありました。
  カリエスは現在では特効薬ストレプトマイシンのおかげで完治する病気になりましたが、それまでは死亡率も高く、不治の病として恐れられていまし た。
  なにより患者にとって大変だったのは、カリエスが安静第一の病気で、全快するまでの数年間、患者はベッドに寝たきりになることでした (特に手術後はコルセットをはめてまったく身動きできないことがありました)。
【写真は国立玉浦療養所正門】 

  昭和29年ごろ、玉浦療養所には約200名の患者がおり、その中に親元を離れて入院している数名の学齢児童がいました。
  当時、病気療養中の児童生徒に対する教育環境の体制整備はまったく不十分でしたので、子どもたちは親元から通っていた当時の学校に籍を おいたまま(学校をずっと欠席している状態のまま)で、療養所で療養しているしかありませんでした。
  義務教育の進級は成績の良し悪しで はなく、学校に出席することが条件でしたから、ずっと学校を休んでいる子どもたちは何年たっても進級できないまま放置されていました。
  そのようなとき、勉強ができず退屈な毎日を過ごしていた子供たちに対して、療養所の患者の一人で教員資格をもち、身動きできる程度まで 病状が回復した菅原進さん(当時33歳)が、昭和29年8月から勉強を教え始めました。 

これが本校の出発点です。

 

続く・・本校創立の経緯 【2】